ー第4章ー コロナ禍で狂い始めたふたりの歯車

待望の息子が誕生した!のはいいけれど…

 2020年1月、臨月である。生まれた日時で運命が変わることもある。

 スピ子にお願いして、幸福の運命数のもとに生まれてくるように、良い日にちをいくつか出してもらった。運命数とは、生年月表から出した数字に生まれた日にちを足した数字で、全部で60に分けられる。占い師のほとんどはこの運命数を使っているので、基本は同じだが、あとは占い師の解釈次第ということになる。占い師によっては、手相・顔相・血液型・四柱推命・六星占術・九星気学・姓名判断・風水・タロット・オーラ・バイオリズム・番号・数字などと組み合わせて独自の占いを築いている。スピ子によれば、運命数51・52・57・58は最悪だと言うので、それだけはなんとしても避けなければならない。

 スピ子の惑星術(仮)に沿って、計画無痛分娩を病院にお願いしていた。芸能人がよく出産に使う有名病院に、産婦人科御三家というのがある。皇室ご用達「愛育病院」、LDRの充実が魅力の「聖路加国際病院」、まるで高級ホテルの「山王病院」。どこも信頼度と設備・環境は抜群に良い。このうちのひとつの病院での出産を計画し、予定通り進んでいた。

 だが、予定日の数日前、「子宮口がまだ開きません」との診断。このままでは計画していた運命数が変わってしまう。不安が募る。自宅に待機して数日、1月5日の早朝に陣痛が始まった。1月5日午後0時33分無事出産。身長50.0㎝、体重2980g、元気な男の子。

 さて、スピ子の鑑定による息子の運命数は…44。惑星は太陽、そして裏惑星は土星。大丈夫か?大丈夫なのか!?

 スピ子は「運命数は悪くない。いいよ。2歳過ぎたらお母さんいらなくなる。お父さん大好きな子になる」と言った。

 パパとしては嬉しいが、ママの気持ちを考えたら、喜び半分、不安半分、といったところか。

 でも「2歳過ぎたらお母さんいらなくなる」って、どういうこと? 予言か? 何かの計画か?

「ねぇスピ子、2歳過ぎたらお母さんいらなくなるってどういうことよ」

「言っていい? サイコは、乞食だから。浮浪者になるから」

「は?そんなわけないでしょ?オレがいるのに?」

「いや、そうなっちゃうの」

 あれ? 占いって、こんな感じだったっけ? 待望の子どもが誕生したばかりのパパに、こんなこと言う? 友達の妻捕まえて「乞食」って言う? オレ、100%スピ子ちゃん信頼してきたけど、大丈夫だよな?

 ♪ナナナナ~ナナナナ~もうじき乞食~ ♪正直~断食~ホームレス、ドレス と、ジョイマンのラップ風に放送禁止なフレーズを頭の中でかましながら、おもしろい韻が踏めない自分に苛立った。

 この時の私の脳内メーカーは、不安90%、ジョイマン10%だったが、「回避すればいいんだから」と自分自身に言い聞かせて前を向いた。可愛い我が子を前にしたら、そんなことは簡単に忘れられた。みーとくん100%。

 数日間入院したのち、妻のサイコは神奈川県の実家で赤ちゃんとしばらく過ごすことになった。

 息子の名前は、いくつか私から提案し、スピ子に考えてもらった。

 妻の妊娠中から、息子のニックネームは「ミート」だった。その頃妻がミートボールをよく食べていたとか、お腹がまん丸でミートボールのようだったとか、お肉屋さんで肉ばかり買って食べていたとか、由来は諸説あるのだが、せっかく「ミート」というニックネームが定着しているのだから、それを生かした名前にしようという方向でまとまっていた。ただ画数が悪いのはもちろんダメだが、良過ぎてもダメ、中庸が良いということで、時間をかけて本当に頑張って命名してくれた。普段、スピ子の占いにお金は払わない私だが、この時ばかりは数十万円の御礼を差し上げた。

スピ子による自筆の姓名判断。申し遅れましたが、稲葉は私の名字です

 この頃から新型コロナが猛威を振るい始めた。

 2019年12月20日に私がスピ子宛に送ったメールが残っている。もうすぐ出産というタイミングだ。

ヒデ

スピ子ちゃん、お疲れ様です。11/26から(チワワの)メイちゃんが生理になり、先週は発情期を迎えて(チワワの)ライトくんが腰を振るものの相変わらずエッチ下手でうまくいかず、サイコは「メイちゃんが子供産んだらどうするの!赤ちゃんと一緒にはできないからね!」とプンプンしていたところ、メイちゃん再び謎の出血をしだし、ぐったりしてきたので病院に連れて行きました。子宮蓄膿症のため子宮と卵巣の切除手術を、本日緊急で受けました。しばらく入院します。サイコの「メイちゃん死ねばいいのに」という呪いが通じたみたいです。メイちゃんとライトの子は、今宵、夢の泡となって消えました。ボクはすっかり落ち込んで、パソコンに向かって仕事しながら、ウイスキーをチビチビ飲んでいたら、「何お酒飲んでんのよ!」と言って、グラスごと持っていかれ捨てられました。お酒でも飲まないとやってられないくらいの切ない気持ちなんですけど…。ため息しか出ず、寝る気にもならず、しょうがないので仕事してます。おやすみなさい。

  どうやら2019年の年末は、夫婦仲は芳しく無かったようだ。

行動が自由すぎるサイコ
サイコの頭の破壊開始を信じたくない夫の私

 私たち夫婦は東京都渋谷区に住んでいるが、当初の予定通り、出産後しばらくは、妻は神奈川県の両親宅にお世話になった。2〜3ヶ月のつもりでいたが、新型コロナは予想を遙かに超える猛威をふるうので、落ち着くまでしばらく遠距離新婚生活をということになった。毎週末に神奈川県に行って息子の顔を見ていたが、2月に入ると新型コロナが蔓延し始めたので、会いに行くのは病院へ行く時などに限られ、3月中旬からはサイコが「両親がコロナが感染るから東京からは来るなと言っている」と言うので、息子には会えなくなった。妻との連絡はもっぱらビデオ通話で、可愛い息子を見ながらの会話。なので、この期間のLINEやメールのやり取りはほとんどない。妻との会話は思い出しながらになるが、スピ子との会話はメールで残っている。

スピ子から送られてきたメールのスクリーンショット(冒頭部分)

(以下全文。スペースは改行部分。彼女たちは句読点を正しく使えない。サイコとみーと、スピ子の名前以外は原文ママ)

サイコが人を舐めすぎて 私が色々頑張って二人を保ったりしてることすら 当たり前と感じてるのか占いしたら終わり。普通なら親にもあんなこと言わない ひでを落とすし。 さらに普通なら今後繰り返さないために 私に今の状況をホウレンソウをしてくるはずがホウレンソウもない。 ホウレンソウの意味を分かってない。 夕方電話し、ホウレンソウについて話したのにもかかわらず分かってない。 困ったときだけあたしを利用し失礼。極まりなく 自己中すぎてやばいから とりあえず、さっき さらに明日ひでくる?のに あれから親の件もあたしにホウレンソウない、、、から さっきさようならメールした、、内容。↓

まじ知らないからね。普通なら親があれからとかひでに申し訳ないからとか ひでがくる対応とか 親とひでがあう 自分はどうしたらいいかとか 変な事を言ってないか? 親は大丈夫なのか? あれからの報告はないが ひでを心配でないの? 自己中すぎて泣けてくるね 世界の中心は自分なんだね 人を思いやれない 人の気持ちわからない 人を舐めすぎだわ。 一人で頑張って下さいさようなら】

とメールしといた、、、。 _| ̄|○ 大変だけど 頑張って😂😂

あのあとは、あたしの文書により パパがやはり怒らないが 長文でサイコに優しい文書書いてたから ひでは親と話すときは サイコがやばいが俺は守るつもり サイコが嫌がることはしない なるべくサイコの願いを叶えるつもりにして あのメール内容をつらぬいてね!! もう殴られないから大丈夫よ!安心して。 サイコにはスピ子ちゃんに失礼なことすんな 困ったときだけあたしを利用しないように あなたは大変な事をしてるんだよ わかるか? ちゃんと考えなさいと怒っといて! いまひでに申し訳ないには多分、、、なってるから。 ただ私には、言ってることとやってることがチグハグすぎて だから本心では分かってないと思う。 自分をかばいたい。自己中なだけ。 自分が姫だから、、、。 まあやばいよね。 一応このあとサイコが親に送った文書おくるからよんどいてね!

お父さん・お母さんへ

言葉が足らず怒らせてごめんなさい。 サイコはバカだから上手く伝えられなかった💦 お父さんの言うようにすでに犬はのことは2人で解決していました。 現状の本当の事を伝えます。 秀ちゃんは私の為に犬は部屋をしっかり分けてくれて別です。 犬の躾もアレルギーも話し合いも大丈夫です。 秀ちゃんは私の為にアレルギー対策をしてくれて、 業務用の良い空気清浄機能を三台追加で買ってくれて 一番いいやつにしてくれました。 ベッド、床暖房、ソファー、カーペット、トイレ便座、キッチン一式 全て新しくしてくれていたからアレルギーは出ない状態です。 誤解させてごめんなさい。 秀ちゃんはサイコと、みーとの将来の為に 未来を考えて、子育てしやすい環境やサイコが住みやすいようにと 売れるか分からないけど 今年か来年は家を売り新しく広い家にしようねと 家を買い替えたり、引っ越しを考えてくれていて 仕事落ち着いたらゆっくり家探したりする予定でした。

問題はここです。

三月、四月に二週間くらい秀ちゃん番組で初めて地方に出張があるから 私一人だと犬を虐待し殺してしまいそうだったから、、、実家に居たかったんです。 サイコは秀ちゃんが大好きで、秀ちゃん以外考えられないからどうしても子供が欲しかったの。 犬が憎くて、、子供でつなぎとめたかったのかもしれない。 秀ちゃんは二人でも幸せだけどサイコの為に、一番はサイコの願いをと。 いつも、優しいし、きっと自分犠牲にしてくれてる。 我慢してないというけどきっと我慢してる。 私の願いは全て叶えたいと言ってくれてる。 両親も子供もサイコも犬もみんなが幸せになれたらと言ってました。 サイコのアレルギーも考えてくれて、おかげでアレルギー出ない。 でもサイコは性格悪くて、独占欲が強すぎて、、わがままで 私が、、、犬が使ったり誰かが使ったかもしれない物が全てムカついてしまうから キッチンも入りたくない料理も作りたくないと言うとキッチン一式変えてくれたり トイレ便座も誰か女が使ったなら気持ち悪いから座りたくなく秀ちゃんにキレたら トイレ便座も変えてくれたり 女っ気ゼロなのに、、、 前の旦那のせいで不安で、、、。 秀ちゃんを束縛し愛するもの全てがムカついてしまって とにかく秀が可愛がっている犬がムカつく。 お父さんが言うように、犬は犬 キモいから。可愛がってる散歩に行く意味が私も分からない。 一生カゴに閉じ込めとけば良いと思う。 犬邪魔だから 犬のせいで離婚したくないから 殺処分したい。 大切にしてる意味がわからない。 犬が怪我しても可哀想と思わないし邪魔 犬殺処分したいなと本気で考えてしまいました。 犬を殺したい。 それを、秀ちゃんには隠していました。 だから犬嫌いなの(死ねばいいと思う)事を 秀ちゃんに言わないでと言ったの。 アレルギー出ないから、ちゃんと解決していたから。 サイコがやばいのは分かってます。 犬がメスだからサイコにはなつかないし、 秀ちゃんにはなつくから嫉妬していました。 稲葉家に帰り一人だときっと サイコが犬に嫉妬しイライラしてしまうと思う。 また、、、私、、秀にキレて暴れてしまう。 そうなるとまだ子育て慣れてないし、 今はみーとが生まれたからみーとの事もイライラするんじゃないか、 私また何かに八つ当たりしないかと怖くて、、、 秀が可哀想かなと思うから。 でもちゃんとします。 虐待しない!アレルギー出ないし親として自立したいです。 嫉妬もしない! 秀ちゃんは安心も幸せもくれてる。 女っ気ない、、でも秀ちゃんのケータイみてしまう 私が心配するから嫌だからと人と縁切ってくれたし サイコの言うこと全部聞いてくれる。 仕事場に乗り込んでも安全でみんなに紹介してもらえたり 私だけを大切にしてもらいすぎて幸せすぎてか あとは犬だけが邪魔。 犬に嫉妬していました。 実家にいて昨日お父さんに怒らせて、、反省しました。 きちんと考え、自分はやばいと思いました。 わがままを本当にやめたい!と お父さんと話して気付けました。 怒ってくれてありがとうございます。 きちんと自立するから どうか見放さないで下さい。 お父さん、お母さん、まだ家にいさせて下さい🙇‍♀️ 言葉も下手ですみませんでした💦

 非常に読みにくいメール。スピ子もサイコも文章が変なのは毎度のことなので私はもう慣れたのだが、こうして改めて読んでみると、かなりひどい。これからの物語、スピ子とサイコのメールが軸になってくるので、申し訳ないですが、我慢して読んでいただけるとありがたい限りです。

 それにしてもスピ子は本を何冊も出版しているというのに、文章力・語彙力はこの程度。本は一番弟子のミーアちゃんやスタッフ、編集者から力を借りているにせよ、もう少し頑張ってもらいたい。そういえばラジオで「第一印象(ファースト・インプレッション)」のことをずっと「ファースト・インスピレーション」と言っていた。「気持ちは伝わるけど間違ってるよ」と何度か伝えたが、最後まで直らなかったなぁ。

 妻は妻で「三月、四月に二週間くらい秀ちゃんが番組で初めて地方に出張がある」って。そんな予定ないんだけど…。妻は完全に頭がおかしくなっているのは、この文面から理解できる。妊娠中からか、そのずっと前からなのか、動物虐待願望が強かったようだ。一方のスピ子は愛犬家で、私とは仲の良い友人関係なので、サイコの行動を正そうとしてくれているのはわかる。が、異常なほど妻のことをディスってきた。今までこんなことはなかったので、理解が追いつかない。

 子どもを授かって幸せいっぱいな夫と、犬を殺したくてたまらない妻と、突然妻をディスり始めた占い師の三角関係は、まだ始まったばかりである。

週末婚・別居婚はじまる

 何のために1年間同棲してきたのだろう。サイコは、チワワのメイちゃんとライトくんと散歩をしたり楽しい雰囲気だったのに、今になって掌を返し、犬とは暮らせないと言い出した。暮らせないのなら、もっと早くリタイアしてくれ。

 コロナ禍の深刻度が増すなか、誰とも会えない生活が続いている。

 スピ子はかつて小児喘息で大変な思いをしており、呼吸器官に疾患を持つ彼女は、絶対に新型コロナに感染するわけにはいかないので、外出や面会は極力控えるようになった。テレビやラジオの出演も控え、個人鑑定は中止にした。この時を境に、私がスピ子と会うことはほとんどなくなった。

 話は少し逸れるが、スピ子が小児喘息で苦しんでいた時、スピ子パパのソラサンは、何とか娘を治してやりたいと思い、空手をやっていた経験を生かして気功をマスターしたそうだ。自分で何もしてあげることができず、ただ救急車に乗せられていく我が子に対して、とてもやるせない気持ちが募った末の行動だった。実際、ソラサンの気功によってスピ子の小児喘息は格段に軽くなっていったという。現在のソラサンは、パワーストーンの第一人者となった。その人に合ったパワーストーンをセレクトして、完成したパワーストーンブレスを手の平に乗せ、ソラサンが最後に手の平から気を入れると、パワーストーンは回り始め、踊り始め、魂を宿す。感覚的にそう感じるだけではあるが、これは私も体験した。

 ソラサンとの不思議体験はもうひとつある。1990年のイタリアワールドカップの年に虫垂炎・腹膜炎・腸閉塞の大病をした私は、それからきっちり4年おきに、FIFAワールドカップの年に腸閉塞が再発するようになった。1994年のアメリカワールドカップの年には、1ヶ月入院したのち、こんなに休みが取れる年はもうないと思い、入院ついでに1ヶ月アメリカを放浪してウッドストック'94を観に行った。1998年のフランスと2002年の日韓、2006年のドイツ、2010年の南アフリカは薬で散らして事なきを得た。2014年のブラジル、この年は初めて症状が出なかったのだが、翌年、明らかな腸閉塞の症状が現れた。2015年6月、病院へ行ってしまったら即入院になるのは長年の経験からわかる。この場合、食べ物も飲み物も3日間断てば治るはず。という場面で奇跡的にソラサンと会う機会が訪れた。ソラサンは私のお腹や背中から気を入れてくれた。時間にして5分くらいだっただろうか。信じてもらえないかもしれないが、腸閉塞の痛みは無くなっていた。ソラサンの”気”は本物である。下町のエロ親父ではあるが、パワーストーンと気は、ただただすごい。

 そういえば、2011年に東北から上野のソラサンへパワーストーンを求めにお客さんが来たという。その方は数ヶ月後にソラサンの元に再訪した。「ソラサンに作ってもらったパワーストーンブレス、3月11日に切れちゃったんです。直してもらおうとその日大事に持っていたら、津波がやってきて…。ずっと離さず持っていました。おかげで助かりました」

 パワーストーンは身代わりで切れることがある。この話を聞いて、私は鳥肌がたった。信じるものは救われる。

ソラサンのパワーストーンブレスのおかげか子宝を授かったサイコ

 コロナ禍になってから、サイコはマスクにフェイスガードの完全装備。電車は感染の危険性が高いと避け、移動はパーテーションがしっかりしたタクシーのみ。サイコもまた、小児喘息で苦しんだ過去があるので、万全の注意を払っていた。サイコとスピ子は、もし新型コロナに感染したら、重症化して、最悪死亡してしまう危険度が非常に高い部類に入るだろう。

 私はサイコと会うことを控え、ビデオ通話で会話し、息子みーとくんの顔を見てデレデレになっていた。そんな中、切り出されたのだが、いつの間にか、サイコはみーとと引っ越し計画を立て始めていた。

「お金はヒデちゃん全部出してね!」

 ふざけた話だ。

 そうは言っても早く家族3人で一緒に暮らしたい。渋谷区で10分くらいの距離だったら、お互いストレスも少ないんじゃないか? いわゆるスープの冷めない距離。今のマンションを仕事用にして、子どものお世話もふたりで協力できそうだし、人生100年時代のうちの2年間くらい、そんな経験をしてもおもしろいかもしれない。この際老後資金のことは忘れて、いくつか物件を提案した。渋谷区で1DK・築浅・2F以上・オートロック・浴室乾燥・ペット不可などの条件に照らし合わせると、家賃は13〜16万円ほどになる。サイコにはどの物件もピンときていない様子だった。すべてはスピ子先生に相談しているようだ。

 スピ子から連絡があった。

「今の渋谷のマンションに住み続けるのは無理だよ。まず壁紙に犬の匂いが染み付いている。それだけでサイコの精神状態はおかしくなる。サイコのお父さんからも『ヒデちゃんは犬を取るのか、みーとを取るのか』とプレッシャーをかけられているので、どんどん悪化する。どうしても住みたいのであれば、フルリフォームして犬部屋を作るしかない。ただそんな急にはできないのはわかるから、ここはとりあえず別居するのがベストだね」

 私は、渋谷区で物件を探していて、良さそうな部屋もあったことを伝えた。

「やめた方がいいよ。サイコは台東区の彗星に呼ばれているから」

 台東区の彗星って…。てか、今更ながら彗星って何だよ! 浅草と上野で有名な、下町の観光地、台東区。東京メトロ銀座線の始点と終点が、渋谷と浅草である。真逆。スピ子は足立区育ちで今は台東区。妹のグミ子も台東区だし、スピ子のパパとママのお店も台東区だから、心強い環境ではある。不動産の資料もいくつか送ってくれた。

墨田区石原 1DK ¥48,000-

墨田区墨田 ワンルーム ¥49,000-

台東区浅草 2K ¥68,000-

荒川区町屋 ワンルーム ¥59,000-

 非常にリーズナブル! サイコひとりで住むのであれば、まぁここから頑張っていこうか!という気にもなるが、0歳児を抱えてでは厳しい環境ではなかろうか。

 スピ子が社長で、妹のグミ子が店長となって会社を作り、これから頑張って行くぞ!というタイミング。会社を立ち上げたばかりで財政状態が厳しいところもあったのかもしれないが、予定している給料から逆算すると、この家賃がギリということなのだろう。でも、ここで反抗しても意味がないことは、私はわかっている。スピ子とはもう10年の付き合いだ。迷っている暇はない。よし、台東区にしよう。そして部屋は私が決める! 下町のボロ屋で息子を育てるつもりはない!

上野駅、稲荷町から徒歩5分。家賃¥126,000-は痛いが、これだけ設備が整っていればストレスなく暮らせそうだ。部屋のある8階の窓からは東京スカイツリーが見える

 2020年8月1日から、上野での新しい母子生活が始まった。

 週末だけパパが上野のお家に行く週末婚。コロナ禍なので自転車移動。片道1時間。 

夏の日の2020

 2020年の夏ともなると、新型コロナの威力は増すばかりである。本来なら東京オリンピック開催で盛り上がっていたはずが、とんでもない夏になってしまった。スピ子だったか誰だったか、どこかの占い師が、天変地異のようなことが起こると言っていたような気もするが、今さら調べる気にならないので、この件は放っておこう。

マスクにフェイスガードの完全装備のサイコとコンビニ袋で緊急対応の息子みーとくん

 2020年の春頃だったか、スピ子が電話でこんなことを言ってきた。

「またテレビが出てくれって言うんだよね、どうせ深夜でしょ。しょうもな」スピ子はプライドが高い。「そんな安っちい番組に出たい占い師ならいくらでもいるんだから、そっちを当たってほしいわ」

「でも本当にそうかなぁ。社会不安のタイミングって、みんな占いに頼りたくなるから、占い流行るんじゃない? 2020年の新型コロナ、誰にすがればいいの〜って、みんななってるよ。やってみれば?」

 最近の占いブーム、スピリチュアル・ブームというと、十数年前になる。「美輪明宏・江原啓之のオーラの泉」は2005年から2009年まで続いたが、2004年はライブドア事件で日本中が掻き乱されていた時期だった。2008年はリーマンショックで世界中が大混乱していた。世界情勢と占いブームは密接に関係している。

 私が小学生から中学生の頃大流行した“天中殺“は1979年。イラン革命を機に第二次オイルショックが起きた年だった。1985年には”大殺界“がブームになった。六星占術で悪い流れの時期を表す、細木数子の言葉。この年、日航ジャンボ機墜落事故が起こり、前年にはグリコ森永事件があった。細木数子は2004年に「ズバリ言うわよ!」で再ブレイクしたが、2001年アメリカ同時多発テロ、2003年オレオレ詐欺、2004年新潟県中越地震と、不安な出来事が続いていた時期だった。白蛇占いの泉アツノは1989年に「こんなん出ましたけど~」で新語・流行語大賞の流行語部門・大衆賞を受賞したが、この年は昭和天皇が崩御し、元号が変わった年である。

 それから1ヶ月ほどして、スピ子から連絡があった。

「この間のテレビの話。ちゃんと聞いたら、放送時間めっちゃいいの! 深夜だとばかり思ってた」

「で、どうすることにしたの?」

「やるわよ!やるに決まってるじゃん」

 スピ子がタイタニック号の船長だったら氷山を避けられたであろう見事な180度ターン。スピ子の惑星術(仮)は非常に高い的中率を誇るのだが、自分の仕事運についてだけは、どうも苦手なようだ。私は、番組とスピ子の成功を素直な気持ちで願った。

 新型コロナに厳重警戒しながら、スピ子はテレビ出演を始めた。最初は遠出を避け、台東区のホテルで撮影していた。そしてサイコはスピ子の下で働き始めた。パシリである。

 スピ子は会社の社長で、妹のグミ子が店長。その下に、元看護士のズン子とサイコがいる。他にネイリストのカーエリと、一番弟子のミーア、ヘアメイクのラーオグ。この頃、長い付き合いだったスタッフのローター(第2章で既出)はスピ子のもとを離れていた。

 サイコは派遣会社に所属したまま産休と育休を取得していたので、お手伝いという形でスピ子をサポートし、翌年の2021年から正社員になる約束をしているようだった。家賃・光熱費・養育費は私が負担し、お小遣いは月5万円渡した。育休手当が毎月いくらか入り、スピ子のポケットマネーからもいくらかもらっていたので、生活には困らないだろう。ズン子のマンションは歩いて1分、仕事場へは自転車で5分以内、スピ子とグミ子のマンションへも1駅の距離なので、何かトラブルがあっても頼れる仲間が近くにいるのは心強い。

 お手伝いの内容は、グミ子が店長を務めるショップの店番や、ネットショップの伝票処理と商品発送、スピ子のインスタ・チェックなど。インスタ・チェックとは、コメントに誹謗中傷がないかを調べて、数時間おきにスピ子に報告することだという。スピ子はプライドが高いので自分への誹謗中傷は決して許さないが、まめにエゴサーチするほどヒマではないので、サイコに任せているのだろう。

スピ子から送られてきたサイコのシフトに関するメール。黒塗りはサイコとグミ子の本名

 出産前まで丸の内の一流企業で働いていたサイコ。だが、致命的な欠点があることを、私はまったく知らなかった。上司からは「育児が落ち着いたら、また職場復帰してね」と言われていると本人から聞いていたので、普通に仕事ができる女性だと思っていた。しかし…。

サイコにブチギレたスピ子から電話をもらい平身低頭に対応する私とスピ子のやりとりメッセージの一部

 2020年暮れから、サイコに対するスピ子のディスが酷くなってきた。まぁまぁうまくいっていると思っていた週末婚だったが、これによって私にかかるストレスは尋常ではなくなっていく。

 私はHSP(Highly Sensitive Person)、いわゆる繊細さんである。病気ではなく性格なのだが、例えば、他人からのダメ出しを非常に気にする。そうならないよう自分自身に完璧を求める。他人に何も言われない部分は気にしないのだが、言われる可能性のあるところは、言われないよう100点満点を常に心がけている。それは、子どもの頃からそうだった。サイコは私の妻なので、私の一部分である。その一部分がダメ出しされたら、自分へのダメ出しだと感じる。大袈裟な話ではなく、自分の人格が全否定された気分になってひどく落ち込み、一旦ふさぎ込んで、死にたくなって、そしてようやく気を取り直して、解決に向かって取り組み始める。完璧を求めるので、非常に時間がかかる。他人には完璧は求めない。妻や息子にも完璧は求めない。自分自身が完璧であればいい。だが、そうはいかないので、ストレスが溜まって、お酒を飲んで、記憶をなくして、ちょっとしたトラブルを起こしたりする。

 そのお話は、またあとで。

 第5章へつづく。

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