ー第５章ー YouTube事件

YouTubeやりたいんだけど

　サイコとみーとくんが台東区で新生活を始めてひと月が経った2020年9月、スピ子が突然「ミーアでYouTubeやりたいんだけど」と言い出した。ミーアはスピ子の一番弟子である。いい時間帯のテレビに出だして調子に乗ってきたのだろう。私はもちろん快諾した。なぜなら私はYouTubeの企画から撮影・編集までひとりでこなせる。なによりスピ子のお願いなら、これまでほとんどなんでも、いつもタダでやってあげてきた。

　そういえば2020年の暮れ、スピ子はあるラジオ番組のオファーを受けたのだが「出たくない」という理由で断り、ミーアを代わりに出演させた。とはいえ「スピ子の一番弟子・ミーア」という冠での出演なので、占い監修はスピ子が行なった。本当にすべてスピ子が占って、それをミーアが発表するという形だった。4人を占ったので結構な労力が必要となる。しかし占いが当たらないのはスピ子のプライドが許さない。一番弟子については、すべて自分でプロデュースしないと気が済まないということなのだ。収録には私が一緒に行って無事終えた。

　YouTubeもスピ子がプロデュースと監修を行なった。私とスピ子が企画と構成を練り、それをもとにスピ子とミーアが打合せし、私とミーアで収録する。編集後のチェックはスピ子が行なう。なぜこんな面倒くさい段取りなのかというと、私とミーアはお互いの連絡先を知らないのだ。スピ子は、自分の身内同士が仲良くなるのを基本的に好まない。自分がトップの縦関係を好むので、横のつながりは必要ないのである。一般的な社会のピラミッド構造とは違う。スピ子の会社はスピ子と妹のグミ子の親族経営であり、親の会社も親族経営である。日本社会の会社数に占める同族経営の割合は90％を超えているので、何も変なことでなないのだが、他人からしてみると少し特殊な感じはする。

　そして何より、自分でYouTubeを始めれば、間違いなく人気チャンネルになるのに、私が何度か提案しても、うまくかわしたり、頑なに断ってきた。他の人からもYouTubeの誘いを何度か受けたそうだが、すべて断ってきたという。おそらく自分を安売りしたくないという価値観からくるものだろうと、私は解釈している。

　ミーアのYouTubeチャンネルは、2020年11月30日に開設した。そこにたどり着くまで、スピ子とのやり取りは何十回にも及んだ。自分のブランドを傷つけないため、ミーアを後継者として育てるため、妥協は許さないのだ。

　ミーアチャンネルは始めて半月も経たないうちに登録者数1,000人を突破した。YouTubeを収益化するためには、まず「直近の12ヵ月間で4,000時間以上再生」と「登録者数1,000人」の2つの条件をクリアする必要が（当時）あったが、そのひとつの条件はあっという間に満たした。もうひとつの条件も時間の問題である。とはいえ、私にも他の仕事があるので、YouTubeに全集中するわけにもいかず、残念なことに月1～2回程度の更新に留まっていた。とはいえ、私は営業用のプロフィールを作り、スピ子は自分の代わりにBSのテレビ番組にゲスト出演させ、スピ子信者がパーソナリティを務めるインターネットラジオにもミーアを準レギュラーとして入れ込んだ。

　ミーアは頑張っていた。なぜなら、コロナ禍の影響でミーアはそれまでの仕事を失い、時間があったはずだから、と思われる。おそらく。ミーアのYouTubeチャンネルは、スピ子の商品をがっつり解説するスピリチュアル企画と、当時人気の最大瞬間風速を記録していたNiziUに乗っかった応援企画と、ラジオとの相乗り企画である視聴者のお悩み占い相談の3本柱で、ようやく軌道に乗り始めていた。

　ところが、2021年3月3日に公開した7本目を最後に、スピ子から「しばらくやめて」と連絡が来た。やっと調子が出てきたところで、収益化も時間の問題というタイミングで、何か肩透かしを食らった気分である。スピ子の説明は、どうも要領を得ない。詳しいやりとりは電話でしていたので、スマホにはやめる理由が残っていない。唯一残されていたのは、次のメッセージだけである。

　どうやら、ミーアにプライベートな問題が浮上したようである。私が知っているのは、ミーアには旦那さんと小さな娘さんがいて、若いツバメを飼っているということくらいである。スピ子によれば、若いツバメは毎日車でミーアの送り迎えをしていたそうだ。だが私の知る限りでは、若いツバメはコンピュータ関連の一流企業に勤めていたので、そこまで暇ではないはず。しかしスピ子は、今はメディアに出せる状況ではないと言う。ということは、ミーアは人の倫理を踏み外してしまったということなのか。だとしたら≪スピ子の一番弟子！突然ですが不倫してもいいですか？≫なんて記事がどこかの週刊誌に載ってしまうかもしれない。いやいや、スピ子の一番弟子に誰も興味はないだろう。私が編集長ならそのスクープはボツにする。とはいえスピ子にとっては、もしも流れ弾に当たってしまったら「一番弟子の不倫も占えなかったのか！」と批判され、誹謗中傷の雨あられとなることだろう。慣用句には≪感謝感激雨あられ≫というのがあるが、≪誹謗中傷雨あられ≫は鋼のメンタルでなければ耐えられない。せめて≪感謝カンゲキ雨嵐≫ならば、ギリギリカラオケで歌えるかもしれない。おっと、脱線してしまった。

　要は、ミーアチャンネルは始めて3カ月ほどで完全に休止してしまったのである。（コンテンツは現在も視聴可能）

じゃあ次オレがYouTubeやろうかな

　せっかくYouTubeを始める勉強をしたのに、わずか3カ月でやめてしまうのはもったいない。そう考えた私は、2021年4月、息子のみーとくん（当時1歳）を主役にした“みーとチャンネル”を始めた。愛しの息子の動画をいくら撮ったところで、編集しなければなかなか見返すことはない。みーとくんのじぃじとばぁばも喜んで見てくれるだろうし、もしかしたらちょっと人気が出るかもしれない。それに、週末婚の二重生活で普段は離れ離れなので、これをきっかけに家族の結びつきを強めたい。そんな思いもあった。

　そう、夫婦の微妙な感じ、意思疎通のなさ、不満と諦め、何とも言えないやるせなさなど、いろいろと困難を抱えていた。

　誤解しないでほしい。みーとくんが発達障害なのではない。この頃の私は、サイコはひょっとして発達障害ではないのか？と考えるようになっていた。そんなことをスピ子と電話で話していたと思う。この数日前、しぶや区ニュースという地域新聞で発達障害が取りあげられていたのを見て、そう感じたのだ。

　発達障害は、得意なことと苦手なことの差が大きいことが特徴で、周りからは理解されにくく「怠けているのでは」「わざとやっているのでは」と誤解されたり、本人の努力不足や親の育て方が原因だと責められたりして、抑うつや不安症状などの二次障害が現れることも珍しくないといわれる。具体的な困りごととしては、「急に予定が変わると混乱してしまう」「相手の気持ちを想像することが苦手で対人関係をうまく築けない」「口頭で言われたことや抽象的な指示をうまく理解することができない」「作業の手順や段取りを自分で考えることが苦手」など。サイコにピタリと当てはまる。スピ子の占いは驚くべき的中率を誇っているが、その上を行くのがしぶや区ニュースと言っても過言ではない。これらはすべて、スピ子が普段サイコに対して感じていることで、それを逐一私に報告しては激しくディスってくる。ふたりの板挟みになった私は、とてつもなく居心地が悪い。この状態はなんとかしたい。

　ふつうの人は、≪ミスする→謝る→反省する→直す→もう同じミスはしない≫というサイクルだが、サイコの場合、≪ミスする→言い訳する→嘘をつく→人のせいにする→忘れる→また同じミスをする≫というサイクルで生きている。そして、私が台東区のマンションに行く日になると「ヒデが来るからお世話しないといけないのでできません」とスピ子に言い訳をして、悪いのはすべて私のせいにしている。困ったものだ。

　スピ子の商品を販売しているネット通販では、納品書と宛先チェックがサイコの仕事のひとつである。普通の日本人なら、例えば“東京都品川区”という住所をひと目見てパッとわかるが、サイコの場合、東→東、京→京、都→都、といった具合にチェックしているのだという。日本の小学生が英単語のスペルをチェックするより劣っている。とてつもなく時間のかかる作業を毎日コツコツしていると思うと、少し尊敬できる気もする。いや待て、ダマされてはいけない。サイコは時間がかかる上にサボり癖を持っている。これに言い訳と嘘つきと責任転嫁がプラスされるのだから、私が弁護士ならばこの被告の弁護は断りたい。

　この数日後、サイコは「病院でADHDと診断された」と私に言ってきた。「ちょっと詳しく教えてくれる？」と訊いたが、サイコは教えてくれない。「どこの病院に行ったの？」と訊いても「どこでもいいでしょ」。「お金出すから領収証ある？」と言っても、「もらっていない」と答える。あぁ、病院なんて行っていないな。

　サイコが嘘つきなことを、実は私は知っている。

　2020年の大みそか。台東区にあるサイコとみーとくんが住むマンションで、家族3人で年越しする約束をしていた。私は松坂屋上野店でいろいろ料理を買い込んで、サイコとみーとくんの帰りを待っていた。しかし、待てど暮らせど帰ってこない。

　というのが、この年の最後のLINEで残っている。私は16時に渋谷区から自転車で台東区に向かい、おそらく予定では19時頃にサイコは仕事から帰ってくるはずだった。

　そろそろ2020年も終わろうかという頃、サイコはみーとくんと一緒に帰ってきた。どんな雰囲気で年を越したのか、もう覚えていない。年越しの写真もお正月の写真も、家族写真を1枚も撮っていないことから察するに、めでたい感じではなかったことだけは確かである。

　2021年の元旦、サイコはみーとくんを置いて出て行った。14時49分「新型コロナとインフルエンザの検査をしてもらったよ」とLINEが入ったが、なぜわざわざ元日に検査に行くのだろう。本来、お正月の三が日はスピ子の初売りの予定で、上野アメ横に店を出して売り上げ500万円以上を見込んでいたそうだが、年末に風邪症状になったサイコにコロナの疑いがかかり、スピ子が中止を決定したという経緯があった。わざわざ元日に病院で検査を受けたというのは、体裁を取り繕うための嘘であろう。なぜなら、サイコが嘘つきなことを、私は知っているからだ。

　その後サイコは電話で、「派遣で行ってた会社から呼ばれて4日まで仕事しなきゃいけなくなった」と言ってきた。その会社は、丸の内にある一流企業である。お正月に仕事するはずもなければ、契約期間の終わった派遣社員を働かせるわけもない。正月早々嘘連発。しょうがない、と諦める。みーとくんと一緒にいっぱい遊ぼう。サイコはいいや。だって、サイコが嘘つきなことを、私は知っているのだから。

　2021年1月5日は、みーとくんの1歳の誕生日である。さすがにサイコは帰ってきた。何もなかったかのように。

みーとチャンネル大問題化

2021年4月14日

　とLINEで伝えてくれたサイコだったが、数日後、私の顔は出さないでほしいと言い出した。顔出しをまったく気にしていなかったサイコに、いったい何が起こったというのだ。でも顔出しNGの一般人もたくさんいるし、妻が嫌がることを無理強いしても、いい関係は続かない。再編集は面倒くさいが、やるしかないか…。

　そして再編集したものを公開して数日後、4月30日になると、こんなLINEが送られてきた。

　え？どういうこと？誰かに何か言われたのか？　スピ子に連絡してみると、タイミングよくサイコからメールが届いたようだった。

　なんだかちょっと辻褄が合わない返信が返ってきた。サイコは私に対してキレているだけで、自殺したくなる状況ではない。責められているのは私の方で、みーとチャンネル存続の危機に頭を抱えている。そしてスピ子の発言はトンチンカンである。これではまるで、アンジャッシュの“すれ違いコント”ではないか。

　私はあらためてスピ子にメッセージを送った。

　どうやらやっと、スピ子の中で点と点が線で結ばれたようだ。でもどういうことだ？　サイコの妹が文句言っていたとは初耳だし、お父さん（じぃじ）が意味不明というのも、私にとって意味不明だ。

　サイコから長文メールが届いた。（原文は非常に読みづらいのでリライトしています）

　もう読んでるこっちが吐き気とめまい襲われそうだ。翌朝スピ子にメールを送った。

　スピ子の妹はバリ子という。30代後半。役所勤務でバリバリ働く公務員。見晴らしのいい高台に新築の一軒家を建て、旦那さんとふたりで暮らしている。私はふたりの結婚式にも出席したし、新居にもお邪魔し、これまで何度か会っているが、サイコとは仲の良い姉妹の印象だ。確かにバリ子の方がしっかりしている感じだが、バリ子とスピ子の関係については初耳である。面識はないはず。姉のサイコを批判し、スピ子側に立った発言に違和感を覚えた。

　サイコについて私の知らないことを、スピ子は隅々までわかっている様子だった。だが、スピ子が言うことにも疑問が残る。

　サイコの実家はほとんど親戚付き合いがない。神奈川県の父方の親戚関係はもう付き合いがないとじぃじが言っていたし、母方の親戚は九州の佐賀県なので、こちらも今は付き合いは浅いはずだ。サイコママ（ばぁば）が自慢して送るような親戚とは、いったいどこの親戚なのか。そしてその親戚は、なぜゆえ大バッシングしてきたのか。

　サイコには前の夫との間にふたりの息子がいる。前旦那との戦いとは、離婚の際に完全敗訴して息子を持っていかれた件である。次男とはもうほとんど縁が切れているようだが、長男とはLINEやSNSで交流を持っている。当時、長男の息子は、東京の有名大学に進学したものの、新型コロナが大流行したことで大学の授業は入学当初からオンラインだった。大学で友達も作れない状況なのだから、大学でイジメに遭うことは考えられない。彼女に裏切られて親友からみーとチャンネルに出る母親をバカにされたと言っても、ちょっと大袈裟すぎやしないか。

　みーとチャンネルが親戚と息子の友達の間でバズった割には、どの動画も数10回程度の再生というのは、どうにも計算が合わない。

　虐待問題とは、仕事中に泣いて邪魔になったみーとくんを、サイコが虐待・育児放棄しているという“スピ子は見た！”的な話だ。倉庫に閉じ込めたり、食事を与えなかったりしているという。しかし、みーとくんの身体に痣はみられなかったし、発育も平均的だし、3人でいる時には虐待を感じることはなかったので、この件はしばらく様子を見ることにした。

　警察沙汰やら盗み癖については、本人に質してみた。どうやら高校時代に万引きして警察沙汰になったことがあるらしい。ただ両親に連絡がいくことはなかったようなので、未成年の警察沙汰にしては不可解な点が多い。

　最後にバカすぎ問題。これを語り始めると際限がない。私にとってはかわいいおバカさんなのだが、スピ子視点になるとバカすぎ問題に発展する。これについては次の章でわかりやすく語ろうか。たぶんスキップして読んでもらっても、ストーリーにはさほど影響の出ない章になると思う。

　こうして、みーとチャンネルは終了した。

　が、しかし、実はひっそりと復活している。YouTubeチャンネル「みーとくん、はーい！」として。

　今のところ、チャンネル登録者数10人。25本の動画。ゴタゴタ騒動のおかげで現在は新たな配信を休止しているが、早く問題をクリアして配信を再開したいと思っている。

　第6章へつづく。