ー第９章ー 遂にサイコパス発動か

サイコの誕生日？最高の惨状日？

　私が知っている、私が好きなサイコではない。こんなLINEのやりとりを見られたら、よそ様から「こんなバカな奥さんなの？」と思われてしまう。いや、世間体を気にしている場合ではない。サイコを元に戻して家族3人仲良く暮らしたい。私の望みはそれだけだ。サイコのバカ症状は悪化の一途をたどっている。スピ子に相談する。

　そんな陰謀論を信じたくなるほど、サイコのバカ悪化は留まるところを知らない。そして最近の私は、収入が減って不安が増した上に、コロナ鬱と、自転車事故の後遺症鬱に加えて、サイコ鬱で病んでいる。そんな中、サイコの誕生日が1ヶ月後に迫ってきた。サイコには元旦那との間に生まれた長男がいる。便宜上、仮に“カールくん”と名付けておこう。YouTube事件の発端となったとサイコから指摘されている人物で、コロナ禍のオンライン授業なのに面識のない同級生から“みーとチャンネル”絡みでイジメを受けたという設定の大学生だ。私は電話とLINEでカールくんと連絡を取り「そんなイジメはない」という証言をもらった。おかしいのはサイコだ。サイコに目を覚ましてほしいので、カールくんと一緒にサイコのサプライズ・バースデーの計画を立てた。カールくんとみーとくんは父親違いの兄弟だが、みーとくんが生まれたばかりの病院で一度顔を見ただけなので、カールくんはみーとくんと会えるのをとても楽しみにしている。カールくんの“みーとチャンネル大学イジメ事件”は事実ではないので、カールくんとしてはサイコに真実を話して安心してもらいたい。私としては、サイコが誕生日パーティーに来たら、目の前にカールくんとみーとくんがいてビックリ！というサプライズを描いていた。港区にある、近江牛がおいしい焼肉屋の個室を予約した。そんな計画をスピ子に話したら、スピ子はあろうことかサイコに話してしまった。スピ子がここまでバカだとは、私は思っていなかった。だが、スピ子に反省の色はない。私とカールくんが何かを企んでいるらしいと、スピ子がサイコにバラしたところ、サイコはなぜか怒り狂ってカールくんに電話したらしい。

　なんだかくすぶっていたところに油を注いで炎上させたのは、明らかにスピ子である。バースデー・サプライズをサイコにバラして台無しにしたのはスピ子である。頭が悪すぎるバカだ。サプライズとは“ドッキリ“だということを、スピ子は理解していない。この件に関しては、サイコもカールくんも悪くないと思う。しかし「悪いのはサイコだから」というスピ子。スピ子はいったい何をしたいのだ？「スピ子！オマエだろ！一番悪いのは！」と喉元まで出かかったが、最近のサイコの言動を考えると、サイコが一番悪いような気もして、わたしは言葉を飲み込んだ。カールくんからLINEが来た。

　「1週間くらい前に稲葉さんと隠れて約束してた」のを知っているのは、スピ子だけである。スピ子に何を言われたのか、サイコは自分のバースデー・パーティーをキャンセルした。結局、10月15日のサイコ・バースデー・サプライズ・パーティーは中止である。焼肉屋さんにキャンセル料を払うこともなく中止にできたのは、不幸中の幸いだ。仮に私主催の夏フェスが台風で中止になり大損害を被ることを考えれば、誕生会などどうでもいい。そもそも私は夏フェスなど主催していないので、余計な心配だ。それにしても、サイコのサプライズ・パーティーを妨害する人間と、自分のバースデー・パーティーをキャンセルする人間の心情とは、どういうものなのだろうか。サイコとスピ子が心配になる。

　スピ子の見解は、カールもヤバいヤツだが、サイコの方がヤバいということか。私の見解は、カールくんはとてもいい青年で、サイコはメッチャヤバいと思っている。スピ子はカールくんとは面識がない。スピ子の惑星術占い（仮）から導き出された性格や運勢を元に、サイコの話からいろいろ想像しているようだ。しかし、「カールくんが大学でイジメられている」という話は、サイコとスピ子の作り話だということが、カールくんの証言からわかった。そうこうしているうちに、サイコの誕生日10月15日がやってきた。

　誕生日の第一声で、サイコから喧嘩を売られる私。「反省」という二文字が反感を買ったのだろうか。

夜の9時半になって、サイコから長文の返信が来た。

　遺書のような長文のLINEが届いた。中身は遺書のようだが、文章がなんだかしっちゃかめっちゃかなので、私の心にはいまいち響かない。私はひとりで軽く晩酌をして、もう寝るところだった。ところがスピ子から電話が来て「サイコのところに行け」と言う。ここまでの誕生日会のいきさつを知っているのだから「サイコのところに行け」と言うのは、どう考えてもおかしいだろう。私はアルコールが少し入ってしまっているので「もう行けない」と答える。「行って！」とスピ子は言う。「アルコール飲んで自転車運転したら犯罪だから行けない」と私は答える。「電車で行きな！」とスピ子は言う。「電車には絶対乗るな！コロナに感染する！って言ってたのはスピ子だろ！」と私は答える。「感染しないから電車で行け！」とスピ子は言う。前から思っていたが、スピ子の言葉には、というか、スピ子の占いには一貫性がない。自分の都合で占い結果がコロコロ変わることを、私は知っている。「あぁ、何か自分に都合が悪いことがあるんだろうな…」と思いながら、仕方なく私は台東区へ向かった。用意していた“キルフェボン”のフルーツタルトを片手に。こういういざという時の周到な準備は、私はいつもぬかりない。生命保険もがん保険も学資保険も火災保険も地震保険も自転車保険も入っている。自転車保険はつい3ヵ月前に役立ったばかりだ。保険で50万円ほどを手にした代わりに、味覚と嗅覚を失うという代償のバランスの悪さは、この際目をつぶっておこう。

　金曜の夜、地下鉄に乗りながらサイコの長文メールを読み返すと、遺書にしか思えなくて、かなり心配な気持ちで夜11時過ぎに台東区のおうちに入った。玄関ドアを開けるとみーとくんのギャン泣きが耳に入り、キッチンの床にサイコが横たわり、ナイフがすぐそばに落ちていた。声をかけると生きていたのでホッとしたのも束の間、みーとくんは顔も手も真っ赤！　周りを確認すると、ふたりで誕生日祝いをした様子が…。どうやら真っ赤なのはイチゴのムースのようだった。どの順に片付ければいいんだ？！と少しパニックになりつつ、まずはみーとくんを抱きしめて、足でナイフを遠くに蹴り飛ばし、サイコの様子をうかがった。ここまでは、どこかのテレビドラマで見た“赤ちゃん誘拐監禁事件”の段取り通りだ。この時の動画や写真は残っていない。こんな状況でスマホを構える余裕などないのだ。そもそも、こんなノンフィクションストーリーをブログに書くことになるとは、この時は微塵も思っていない。洗面所に包丁とカミソリがあったり、キッチンに私の薬が散らばっていたりしたけれど、犯人は自殺行動には移していない様子だ。犯人ではない。サイコだ。サイコは生きていた。

　スピ子のアドバイスは、今思えばよくわからない。「自殺未遂形跡ないかさがし黙ってうまく片付け」って、どういうことなのだろう？　パトカーや救急車は呼ぶな、ということだろうか。この状況、ヘタな小芝居のように見える。遺書のようなLINEを送って、私を脅かしたかっただけなのでは？　サイコなりのサプライズ演出か？　とにかくサイコは死んでいなかったので、その時は慰めたのか、言いくるめたのか、あやしたのか、どうしたのか覚えていないが、“キルフェボン”のフルーツタルトで誕生日を祝った。

2021年10月15日サイコ41歳のバースデーケーキ

終わりの始まり

　疲れた。サイコはいつも隠し事ばかりで、重度のアレルギーの話など何も聞いておらず、何が本当で何がウソなのか、今だによくわからない。サイコは、死ぬ寸前まで追い込んで追い詰めないと正直に話さないのか…、何をやってもダメなのか…と、今回は疲れ果てた。2週間後には結婚記念日がやって来る。どうしたものか。スピ子に相談メールを送る。

　サイコの同僚にズン子がいる。サイコよりはまともだが、どっちもどっちというか、それでも一応サイコの教育係をしている。私にLINEを送らないサイコを見かねて、ズン子がサイコに代わって私にLINEしている“なりすまし疑惑”が持ち上がった。私を安心させようと思っての行動だろうが、失礼だが正直キモイ。ちなみにふたりとも40代のオバハンである。ズン子に至っては50代のオバハンかもしれない。スピ子によれば、ズン子はサイコの家の掃除もしてくれているらしい。元看護士で、スピ子に尽くし、サイコを教育し、時にはサイコになりすまし、ミートくんのお世話までしてくれる、もしかしたらズン子はナイチンゲールの生まれ変わりなのかもしれない。んなアホな。

　たまにこんなスタンプが送られてきたりする。サイコの誕生日の遺書もズン子がなりすまして書いたのかもしれない。今なら遺書もChatGPTで書いちゃうのだろうが、この時はAIはまだ普及していなかった。そしてまた私はスピ子に相談メールを送る。私はスピ子を信頼しているし、サイコはスピ子のことしか信頼していない。この頃からサイコは私との連絡を避けるようになったので、必然的にスピ子を介して連絡のやりとりをするしかないという、奇妙な夫婦関係になってきた。この頃私は、みーとくんのために夫婦関係を立て直さなければと考えていたが、同時に「もうどうにでもなれ」と投げやりにもなっていた。私とサイコが直接連絡が取れないということは、スピ子のさじ加減ひとつですべてが決まる。

　その晩、台東区のお家へ行くと、目の前に広がっていたのは見たこともない汚部屋だった。2018年2月からこれまで3年ちょっと一緒に暮らしてきたが、こんな状態の部屋は見たことがない。泥棒に入られたんじゃないかと思った。サイコは洗濯と掃除はとてもマメで、特に床はずっとコロコロで埃と陰毛を除去する女だった。

　「こんにゃくは男が使うものだろ！」とツッコミたくなったが、スピ子はこんにゃくを使うのか…といろいろ想像をめぐらして、山形名物玉こんにゃくをゴムに入れて使っているのだろうと、自分の中で結論付けた。性欲が強いのは決して悪いことではない。私にとってはウェルカムだ。

　「部屋とＹシャツと私」という平松愛理さんの名曲があったが、「パンツと歯ブラシとバナナ」では名曲ができそうにない。しかもフィーチャリング・ティッシュで、歯ブラシが電動歯ブラシなので、想像できることはひとつしかない。できることならバナナはラップかゴムで包んでほしかった。さらにできることなら、日曜午後に放送しているドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」で取り上げてもらいたかった。そして今日もスピ子に愚痴メールを送る。

　どんどん離婚へと突き進みたい自分と、親子3人で幸せな暮らしをしたいという自分がせめぎ合う。とにかく最善を尽くしたうえで、無理だったら離婚するしかない。まず、渋谷区のマンションをリフォームすることに決めた。1999年築で22年経っている60平米の1LDK。スピ子によれば「壁に犬の臭いが染みついているから壁紙は全部張り替えて」「犬は隔離しないとダメ」と1年前に言っていた。サイコが産後の療養で半年間暮らしていた神奈川県の実家から、渋谷区の私のマンションではなく、新しく台東区のマンションを契約しなければならない理由としてそう言っていたのだ。なので、間取りを2LDKに変更して、ひとつは寝室、ひとつは私の仕事部屋兼犬部屋とする。これで犬問題は解決する。リフォームには700万円の見積もりが出た。レンタル倉庫や引っ越し費用など100万円をプラスすると800万円。なかなかの大金だ。ただ私は、自転車の単独事故を起こす前に、ポルシェの単独事故とランドクルーザープラドの単独事故を起こして全損している。さらにFXで500万円溶かしている、破天荒な男だ。金銭感覚のネジが何本か外れて何本か緩んでいる。その一方で、35年ローンを組んだマイホームは、繰り上げ返済を繰り返して27年にまで短縮した堅実な一面も持ち合わせている。さらに貯金を蓄えつつ、リフォームローンで金融機関から300万円の融資を受けることにも成功した。リフォーム会社との相談は順調で、ショールーム見学の段取りまで進んでいる。11月1日は結婚記念日、11月5日はショールーム見学だ。

　そしてもうひとつ課題がある。サイコは仕事に来なかったり、仕事中にどこかへ行ったり、LINEはスルーし、電話にも出ない。約束と時間はは守らないし、なかなか捕まらないことが多く、スピ子からの苦情が凄いので、スマホにGPSを付けることにした。サイコに相談すると、意外なほど好意的に了承してくれた。実際にGPSアプリが使えるようになるのは数日後になるとのことだ。

　バリ子とはサイコの妹だ。サイコとは真逆の真面目な公務員。結婚して旦那さんと新築の一軒家で暮らしている。予想だにしないところから、嫌な予感しかしない奇妙な矢が飛んできた。あさっては結婚記念日だというのに。

　第10章へつづく。

　第8章へ戻る。

　第1章へ戻る。