ー第1章ー 失踪した妻が記憶喪失になって帰ってきた

失踪した妻が記憶喪失になって帰ってきた

 妻が突然姿を消した。2022年2月8日(火)のことである。そして、4ヶ月半ぶりの2022年6月21日(火)に現れた。ただ、記憶喪失になって…。

 妻を見つけて、正気にさせて、私と会う段取りをつけてくれたのは、妻を雇ってくれている会社の店長のグミ子と、会社の社長のスピ子。スピ子はグミ子の姉だ。そして本業は占い師。

 久しぶりに妻と会う日。「ヒデは海外行ってたことにするから」と、突然スピ子が突拍子もないことを言い出した。「どこにする?」

「じゃあインドネシアで。油田の発掘してたってことで」と冗談で答える。

 なんでこんな設定がいるんだ?

「もう時間が無いから。会うのは1時間だけね。混乱しちゃうといけないから」と占い師スピ子は言うけれど、説明してくれないと混乱するのはこっちだよ。なんで1時間だけ?

 そうこうしているうちに、私の妻が姿を現した。知っている妻ではあるが、知っている最近の妻ではない。やたらテンションが高くて、それも無理しておバカキャラを演じている感じがする。

 占い師スピ子がおもむろに「髪切った?」と聞いた。

「ヒデちゃんが白川郷の旅館の仲居さんの髪型がいいって言ってたから切ったんだよ」と答えたが、それは付き合いたての4年前の旅行での出来事だ。ほろ酔いでいい気分になった私が、3姉妹の仲居さんに社交辞令を言ったことに、妻がとても嫉妬してしまい、その晩は関係修復不可能な状態になってしまった。その後一言も会話を交わさないまま、残りの1泊2日の奥飛騨温泉旅行をしたのをよく覚えている。

 どうやらそれが、妻にとって一番最近の記憶。ここ3~4年の記憶がすっぽり抜けているようだ。

 申し遅れた。私の名は稲葉ヒデフミ。昭和42年生まれ。東京都在住。バツイチ。今結婚2度目。息子のニックネームは、みーとくん。妻のニックネームは、これから徐々に性格がサイコパスになっていくので“サイコ”ということで。

 この件、いや事件、妻が勝手に失踪して戻ってきたわけではない。おそらく。

2018年4月21日(土)岐阜県白川郷にて。手前が妻。奥が夫の私。この日の晩、仲居さん3姉妹社交辞令事件が起きた

 私たちの間には、2020年1月5日に生まれた息子がいる。恐る恐るスマホで2歳の息子の写真を見せると「かわいいね。ヒデちゃんに似てるね」と完全に他人事。妊娠して出産して2歳になるまで育てたことを一切忘れている。育児ノイローゼで育児放棄して失踪してすべて忘れた妻が、目の前で笑顔でいる。さぁ、これからどうしよう?

 失踪した妻が戻ってきたといっても、これから私が面倒を見ることになるわけではなさそうだ。会社店長のグミ子と会社社長の占い師スピ子が「サイコはうちらで面倒を見る」という空気を部屋中に充満させている。こうして、妻サイコとの再会は1時間で解散となった。

 自分自身、混乱している。説明するのは億劫な作業だ。ただ、幸い今の世の中、スマホに写真やメールが残っている。しかも私は、A型の几帳面さが影響しているのか、これまで経験してきたPCクラッシュでコリゴリしているのか、しっかりとバックアップをとっている。PCメールもdocomoメールもiPhoneメッセージもLINEもすべてだ。たまに「このメールは読んだら消して」なんていう特殊詐欺グループみたいなメッセージを送ってくる人もいるが、私は消去しない。自分の顔が半目の写真でさえも消去しない。スマホの連絡先を消そうが、アカウントを消そうが、私はすべてバックアップを取っている。さて、スマホとPCに残されている資料を整理して、まずは、失踪した話からしなければなるまい。

第2章へつづく

 第2章へつづく。

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